2012年04月14日

福島の旅3「いちばん星南相馬プロジェクト」

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「こんな状態じゃ、若者や子供たちに帰ってこいとはいえないな。」

線量の高さが、若い人達を呼びたくてもよべない現実に、これからどうしていったらいいのか・・・。
今、南相馬の人達の大きな課題だ。
よそ者の私も、どうしたらいいのかいっしょに考えた。
「こうなったら南相馬は、お年寄りの街にしたらどうですか。」と、私は思いついた。
「これから世の中は高齢者社会だし、この街がシルバー世代のあこがれの街のモデルになるっていうのはどうでしょう・・例えば、まず介護も医療も当然充実していて、そして仕事もシルバー世代がするということで・・」
と私は更に話を進めた。
「だいたい年をとってくると、若い時のようなギスギスした競争心よりも、みんなで仲良くゆったりしたことを求めたくなる・・・、そう、ブータンのような幸せ指数の高い理想郷を作ったら、全国から注目を浴びて、人が自然にやってくるんじゃないてすか?」
どんどんイメージが膨らんで調子に乗ってしゃべり続ける私に、星さんの次の一言でとまった。
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自宅の前の星さん

「実は、もう考えているんですよ。これからの南相馬のことを。」
「えっ?」
星さんの構想は具体的だった。

まず、星さんの持つ高台の土地に数十個の家を建てて、被災されている人達に入ってもらう。
そして、土を使わない水耕栽培の青じその生産で経済を成り立たせる。
青じその水耕栽培は、腰をかがめることがないので高齢者が働ける産業になる。

なるほど・・と思った。
というか星さんは、既に計画を練り上げていたんだ。
これらの事業にかかるお金は、現在、国から入ってくる復興支援の補助金が考慮できる。
長年、南相馬市役所で勤められていた星さんは、そのシステムをよくご存知のようだ。
実際、このプロジェクトのために役所を辞めて、これらの事業を軌道に乗せていくという。
ちょうどこの4月に社団法人を立ち上げたところで、これを名付けて「いちばん星南相馬プロジェクト」だ。

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南相馬市の博物館に飾られていた。

星さんは、奥さんと共にこれからの大仕事に、うれしそうだった。
それにしても、一個人で町づくりを構想し実行しようというのは、すごいことだ。
そういうのは、だいたい政治家や行政がすることで、都会にいる私から見ると、まずありえない。
もちろんこんな状況になったからだろうけど、星さんの夢はでかい。
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南相馬市博物館のキャラクター

その中にアートプロジェクトも考えたはるらしい。
アートは、人の心を豊かにし、人と人を結びつける。
ただ、これがすぐに産業になるというものではないので、まず青じその事業を立ち上げてから、支援の声をあげているアーティストたちを呼びたいようだ。
そのアートプロジェクトを担われているのが、アーティストの月下美紀さん。

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お土産の馬の携帯ストラップ。南相馬は馬が有名だ。

そもそも私がこの南相馬に来たいきさつは、彼とのつながりからだ。
幼い頃に広島の原爆を受けた被爆者でもある月下美紀さんは、原発で被曝体験をしたこの地の人達に、自分なら寄り添えるのでは・・という思いで、震災からずっーとここでボランティア活動をされていたようだ。
「書」を描く月下さんとは、実は直接お会いしたことはない。
けれど、電話でその思いを耳にして今回の機会となったんだ。(続き)

月下美紀さん出演のラジオでのトーク






posted by YU・MI・KO at 01:36| 大阪 ☀ | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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