
♪金のない奴ぁ、俺んとこへ来〜い♪俺もないから心配するな〜♪見ろよ青い空〜白い雲〜そのうちなんとかなるだろぉう♪この調子よく歌ってくれたのは、昨日亡くなられた植木等さんだ。軽快に、コロコロ〜っと、歌い上げ、「がははははは・・・」と豪快に笑うあの無責任男?ほら吹き男?だったけ・・まぁいいや、とにかく彼の快活なキャラクターは、見ていて元気が出る!こんな奴、おらんやろう・・と思いつつも、こんな奴いたらええのに・・と思わせる。サラリーマン全盛の高度成長時代の日本は、所得倍増や平から課長、部長、そして社長への出世コースを目指す誰もがハッキリした目的をもてた時代だった。だからスコーンとまっすぐなキャラクターが時代を反映したんだと思う。そして時代は移り、ビートたけしのような毒のある芸能人が主流になった。時代が膿んできているのか、まっすぐで快活なキャラは陰をひそめてしまった。なんかこれって、イタリアのルネサンスからマニエリスムへの移行を重ねて感じた。ギリシャ・ローマ時代の遺跡の発掘がキッカケで、これらに影響されたのがルネサンスという時代だ。それまでの神ばかり表現されてきた中世の時代から人間性の再生を表現した活気的な時代だった。躍動感あふれるミケランジェロの人体表現。大衆の感情に即したラ・ファエロの母子像など、人間謳歌の生き生きした作品が出てきた。だけど、ルネサンス後は、マニエリスムというルネサンスの模倣された表現が現れる。どこか人物の表情がよどんで退廃的な感じだったり、屈折した感じの表現が現れてくる。堂々と明快なルネサンスから虚無的で退廃的なマニエリスムの時代は、今までの日本にはなかった明快なキャラクターの植木等さんと、かならず何かの対象を作ってそれを皮肉り悪態を吐き続けるビートたけしを対比をするのは少しオーバーかもしれない。けど、文化の反映というのは、対極のモノものがケッコウ交互に押し出されているような気がする。私としては、植木等さんのようなキャラクターが、又、現れてもらいたいと望んでしまうけどね。










