2007年03月30日

ルネサンスと植木等さん

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♪金のない奴ぁ、俺んとこへ来〜い♪俺もないから心配するな〜♪見ろよ青い空〜白い雲〜そのうちなんとかなるだろぉう♪この調子よく歌ってくれたのは、昨日亡くなられた植木等さんだ。軽快に、コロコロ〜っと、歌い上げ、「がははははは・・・」と豪快に笑うあの無責任男?ほら吹き男?だったけ・・まぁいいや、とにかく彼の快活なキャラクターは、見ていて元気が出る!こんな奴、おらんやろう・・と思いつつも、こんな奴いたらええのに・・と思わせる。サラリーマン全盛の高度成長時代の日本は、所得倍増や平から課長、部長、そして社長への出世コースを目指す誰もがハッキリした目的をもてた時代だった。だからスコーンとまっすぐなキャラクターが時代を反映したんだと思う。そして時代は移り、ビートたけしのような毒のある芸能人が主流になった。時代が膿んできているのか、まっすぐで快活なキャラは陰をひそめてしまった。なんかこれって、イタリアのルネサンスからマニエリスムへの移行を重ねて感じた。ギリシャ・ローマ時代の遺跡の発掘がキッカケで、これらに影響されたのがルネサンスという時代だ。それまでの神ばかり表現されてきた中世の時代から人間性の再生を表現した活気的な時代だった。躍動感あふれるミケランジェロの人体表現。大衆の感情に即したラ・ファエロの母子像など、人間謳歌の生き生きした作品が出てきた。だけど、ルネサンス後は、マニエリスムというルネサンスの模倣された表現が現れる。どこか人物の表情がよどんで退廃的な感じだったり、屈折した感じの表現が現れてくる。堂々と明快なルネサンスから虚無的で退廃的なマニエリスムの時代は、今までの日本にはなかった明快なキャラクターの植木等さんと、かならず何かの対象を作ってそれを皮肉り悪態を吐き続けるビートたけしを対比をするのは少しオーバーかもしれない。けど、文化の反映というのは、対極のモノものがケッコウ交互に押し出されているような気がする。私としては、植木等さんのようなキャラクターが、又、現れてもらいたいと望んでしまうけどね。
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2007年03月27日

私の故郷

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今年こそは、身の周りをすっきり使いやすくしたいと思い、どう考えても棚やタンスには入りきれない物ものは、処分する覚悟で、現在部屋の掃除にかかりっきりだ。実は母の家もそう。長年ためにためた物ものが溢れかえる状態は、ホンマに気分が苛ついてくる。自分の家もたいがいだけど、まだウチののおかげでなんとか人間らしい生活が出来ている。けど、母の家は、誰かがかたずけないかぎり、状況はひどくなる一方だ。そんな現実の風穴を開けたのが、隣りの家のリフォーム。今風の改築されたおしゃれな家を横目にしながら、昭和初期に立てられた母の家は、みすぽらしさが増してくる。そして隣りの工事で、母の家にも影響が出て壁が落ちる等、結局補修をしてもらうこととなった。そうなると部屋の中をかたずけざるをえなくなり、足腰が弱ってきた母に変わって私がやるしかない。それにしても、ビニール、紙類、箱等のごみばっかり。又、まだ使えるけど、二度と使わない物の数々。ボーンと捨ててしまえたらどんだけすっきりできるかわからないが、「あっ、この服パパが着てた」とか「おばあちゃんが作った手芸コースター」とかとか、「これ、おじいちゃんの誕生日にあげたもの」とかとかとか、なつかしさで捨てるに捨てれないものばかり。祖父母、両親、妹と私の6人がかつて暮らした家。生まれてから25才まで、ずーっとここで暮らしただけに、私にとって故郷でもある。みんなが使ってきた品々の数。旅立った家族の物ものは貴重な遺品だ。だから易々とは捨てれなく、結局かたずかないということになってしまうんだけどね。
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2007年03月21日

「ゆみこ、お母(かあ)を笑う!」

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「何これ・・ビニールの中に紙くずが・・」部屋の隅々にあるビニールの袋をあけると、プリンの空き容器、錠剤の空、ものを包装してたなんかのプラスチック等々、こりゃゴミ以外のなにものでもないと思うものが、うちの母の実家にはあるある。物のない時代に育ったから、どうしても捨てられないのはわからないでもないけど・・それにしてもよくまあここまでためにためてくれたもんだ。そんな母の行為をばかにして笑っていたら、ウチのが「ゆみこ、お母(かあ)を笑う!」と言いよった。「えっ?」と思いながら、洗いもんのたまったキッチン、机の上の乱舞した資料の数々、寝室にはいつまでもタンスに入れてない衣服などなど、私もお母に言えたものでもない。さすが私はお母の子だ。
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2007年03月20日

日本で毎年約2000件の事件・事故は・・

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「えっ、米軍人からの犯罪や事件が毎年2000件近くこの日本でおこっているって・・!それって、現在の事?!」「もちろん、日本全国で米軍人がおこした事件や事故の数です。それも、日米地位協定によって、日本での裁判はできていません。だから日本は、あの戦争以来ずーっとアメリカの占領地みたいなものですよ」昨日、米軍人による被害者の会の集まりに知人の誘いで行って聞いた話だ。確かに戦争後の日本は、アメリカがくしゃみをすれば日本は風邪をひくぐらいのアメリカベッタリ政策をしてきた。けど、どうしてマスコミは、日本での米軍が起こす事件や犯罪について、たいして書かないんだろう?そして北朝鮮に対する拉致被害者への異常とも思える外交政策を展開するなら、日本でおこなわれている米軍人のおびただしい数の犯罪や事件に、政府は何をしてるんだろう?実際、米軍人のおこした交通事故で自分の息子を殺されたお父さんは、「日本政府は、できるだけこのことをあらげないようにしている。すれば損害賠償金もはらわないようになると言われている」と言ってた。そういって被害者達は、泣き寝入り同然で、極論すれば米軍人から殺されてもどうしようもないということなんだ。これって、もちろん沖縄での件数が一番多いけど、仙台横浜東京などの基地のある街でもかなりある。そう思うと今後安倍政権は、日米再軍備を強化していこうとしているので、自衛隊のある基地に米軍が共同で訓練をすることから、この年間約2000件という数字はドンドン増えて、米軍基地のなかった地域まで被害は拡大されていくことが考えられる。我が街大阪も例外ではなくなってくる。恐ろしい事だ。
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2007年03月15日

東洋的な思想で

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寒の戻りか、寒いですね。この冬は、温暖化でこのままあったかくなると思ってたらこの寒さ・・・やっぱり冬は寒くなくっちゃ・・。さて、アカデミー賞を受賞したゴアさんの不都合な真実で、ようやくアメリカ人も日本人も温暖化問題に灯がつき出した。環境についての意識に関心が高まってくれることはホンマ良かった。そしてこのまま最大の環境破壊でもある戦争についても考える方向に進んでくれたら尚いいんだけど・・。もう人類は人間同士が争う戦争なんかしている場合じゃない事を、ホンマに気づいてもらわないと、ベクトルは「滅亡」へと進んでしまう。なんぼ科学や技術が発展しても、この環境問題は解決できるものではないと私は思う。自然を支配しようと言う西欧的思想が、科学の発展を促してきたけれど、結局それが産業革命を経て、工業化社会を形成し、現在の自然破壊や環境問題を作ってきている。解決させるには、人間は再び自然の一部であるというおごりのない真摯な心を思い出す事からではないかしら。そして私たちのアジアには、過去から自然との調和によって生活を成り立たせ文化を育んできた。これから人類が生き延びていけるには、自然や命のつながりを大切にする東洋的な思想がキーワードになってくると思う。
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2007年03月07日

実名で参加してみたら。

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今年は、このらくがきブログを毎日書くのはやめにした。どうもこれを描く事に集中しすぎて、他の事を中途半端に投げ出してしまっている現状が続いてる。だけど、これを書く事で、自分の中に膨らんだ心のつぶやきが整理され、モンモンしてた事もけっこうスッキリしてくる。文字を通して思考がまとまり、書くという行為が落ち着きのなかった自分の心を冷静にさせてくれる。又、誰かが読んでいるということで自制ができる。身元が知られている私は、嘘は書けず(当然書く気もないが)その時の自分の気持ちを思考して伝えるだけだ。そう思うと、匿名のブログというのは、なんとでも無責任なことが書いてしまえるので、嘘であっても真実のように書く事は容易で悪態もつき放題だ。インターネットのおかげで、個人の情報発信ができるようになった事はすばらしいことだけど、その陰で横行する悪質な匿名の書き込みや匿名のブログ・HPなどが事件を助勢したり社会問題化している。このままでは今後、表現の自由への規制が出てくるかもしれない。実際「匿名の廃止」とまで話が出てきているようだ。国民をしばる共謀罪を考えるぐらいの今の政府なら作ってしまっても不思議ではない。私としては実名でも良いと思うが、できるだけ法的な規制というものが作らてしまわないように、まず、ネットに参加するそれぞれの人たちのモラルを正す事が大事だと思う。そこで提案します!日頃、匿名でネットに参加している人は、一度実名で参加してみたらどうだろう。こんな文を書いているのが自分だとわかったら・・・、きっと何がモラルか見えてくると思うよ。
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2007年03月05日

恐怖心と欲望

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「スターリンと言う男は、とにかく恐怖心の塊だったよ。」随分前に当時の哲学者が語っていた古い映像をTVで見た事がある。20世紀初頭のソ連を独裁支配したスターリンは、自分と違う意見を持つ仲間は、徹底的に粛正し処刑したそうだ。この恐怖心というものは、戦争の原因になる一番の心でもある。「攻撃されたらどうするんだ!支配されたらどうするんだ!!」その心理が、結局軍備を持ち続けさせることにつながる。そのために沖縄や基地のある地域の人たちにとんでもない迷惑をかけ続け、又、戦争で命を落とす現実がなくならないのだ。それと、戦争をおこす心は、欲望だ。相手の領土や資源が手に入れたいときは、攻撃できる理由を強引に作り、攻撃し戦争をおこす。この間のイラク戦争なんかまさにいい例だ。「大量破壊兵器をもっている」と難癖をつけてアメリカはイラクを攻撃した。そして欲望とはすなわち「豊かな経済」のことだ。自分たちの国が、世界一の物持ちでも、更に豊かになりたいと言う欲望を持ち続ける事で戦争を仕掛ける。こんな心理のために、多くの人達が殺され続けている。だけど「恐怖心と欲望を完全になくせ」と言ってるのではない。恐怖心と欲望というものは、元来人間がもつ防衛本能でもあり、生命力でもあると思う。要するに、過剰な恐怖心と過剰な欲望が、全ての問題だということだ。「攻撃されたらどうするんだ!」と過剰に怯えるのではなく、又、たくさん持っているのに更にもっともちたいと思うことを止めてみる。それだけでも戦争回避の心につながっていくのじゃないだろうか。
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2007年03月04日

挨拶

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初めて会った人間で、ほとんど話を交わした事もないのに愛想悪かったり邪険にしてくる人間が時折おる。別に何があったわけでもないはずやのに・・こっちは「?」だ。そんな人が又、偶然あるイベントで再会した。「あっ・・」そこに来ているとは知らなかったのでなんだか鉢合わせだ。向うも気がついたようだけど目をそらした。挨拶するムードではない。狭い場所だったので、何回もすれちがう。けど、そんな人がいるなと思うだけで、こっちの気分はしんどくなる。それで、帰り際にこっちから軽く「さよなら」と言って挨拶をした。向うも仕方なさそうに会釈をしとった。昔は、「なんでそんな奴にせないかんねん!」と思う自分やったけど、年を経て、又、平和やってると挨拶というのは、つくづく大事やというのを感じている。向うは、いくら平和をやってたとしてもまだ若い人やし、どうも自分のプライドで、素直に出せない感じの人かもしれない。まあ、なにかの機会で又、偶然会うことになっても、今度は自然に挨拶が出来ればと思うけどね。
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2007年03月02日

男気

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勝新の悪名シリーズにはまりそうだ。八尾の朝吉親分扮する勝新太郎の男気あふれる役柄にあこがれる。自己中心的で金儲けに走る人間が増えた今の社会の中で、曲がった事を許さない朝吉親分の潔さがかっこいい。私の子供の頃は、まだこんな男性はいたかもしれないけど、現在ではそんな「男の中の男」の存在はどこにあるのやら・・。ひ弱いイメージのおたくやニートは、昔は男として許されなかった。男は堂々として強くないとダメな時代だった。もちろん男のプライドを表面的に出して強がっている輩も少なくなかったと思う。けど、男気のある男って言うのには、やっぱり魅力的だ。勝新没後10周年ということで、彼の映画がこのごろTVで放映されている。長唄の家元出身という家柄の勝新太郎は、大映映画で市川雷蔵と看板を二分するスターだった。彼の芝居には「ホンマにこんな人いるみたい」と思わせられるぐらい自然体の演技でリアリティがあった。どうも役と本人が同一してしまうのか、勝新らしいこんなエピソードが伝えられている。巨匠黒澤明監督が、「影武者」という映画を作ったが、当初は主役の武田信玄を勝新がやるはずだった。しかし勝新は「なにが世界の黒澤だ!ワシが武田信玄だ!!」と豪語して降ろされたらしい。さすが勝新、言う事も豪快だ。そんな人柄が、全ての役ににじみでてるんだろう。だから勝新を見ると「男気」という言葉をイメージしてしまう。
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